ブラタモリ 〜文京区、本郷台地〜
昨日、再放送ではありますが、NHKの『ブラタモリ』という番組で、本郷台地が取り上げられていました。かつては平地であったのに、雨が川となって浸食し、崖を作って坂となって行く様子は、自然の凄さを感じさせました。当院は本郷壱岐坂矯正歯科なので、近くに壱岐坂という坂があるのですが、紹介はされませんでした。とはいえ、身近な街が紹介されるとなんだか気分がいいですね。文京区本郷。歴史のある街なんですね。
昨日、再放送ではありますが、NHKの『ブラタモリ』という番組で、本郷台地が取り上げられていました。かつては平地であったのに、雨が川となって浸食し、崖を作って坂となって行く様子は、自然の凄さを感じさせました。当院は本郷壱岐坂矯正歯科なので、近くに壱岐坂という坂があるのですが、紹介はされませんでした。とはいえ、身近な街が紹介されるとなんだか気分がいいですね。文京区本郷。歴史のある街なんですね。
文京区本郷には大きなクスノキがあります。先日、枝葉の除去作業をしておりました。昭和54年に文京区の保護樹木に指定されています。ほんとに大きいです。
このクスノキの元にあるフレンチレストラン『ペジーブル』とっても美味しいです。最近はベーカリーも併設してとても充実してます。
当院の脇にある大横丁商店街。大変賑わっております。江戸時代では罪人に対し、「市中引き回しのうえ、打首!」という判決を下していたのはご存知ですよね。この商店街は、その引き回しのルートだったそうです。現在の東京ドームから壱岐坂を登って三丁目の交差点に歩いていったらしいです。今ではいっぱい美味しいお店があります。紹介は後日。

兼康祐悦という口中医師(歯科医)が、乳香散という歯磨粉を売り出した。
大変評判になり、客が多数集まり祭りのように賑わった。(御府内備考による)
享保15年大火があり、防災上から町奉行(大岡越前守)は三丁目から江戸城にかけての家は塗屋・土蔵造りを奨励し、屋根は茅葺を禁じて瓦で葺くことを許した。江戸の町並みは本郷まで瓦葺が続き、それから中仙(中山)道は板や茅葺きの家が続いた。
その境目の大きな土蔵のある「かねやす」は目立っていた。
『本郷もかねやすまでは江戸のうち』と古川柳にも歌われた由縁であろう。
芝明神前の兼康との間に元祖争いが起きた。時の町奉行は、本郷は仮名で、芝は漢字で、と粋な判決を行なった。それ以来本郷は仮名で「かねやす」と書くようになった。
本郷三丁目交差点に今もお店があります。江戸時代は歯磨き粉を売っていたんですね。
当院の脇にある商店街を東京ドームに向かって坂を下る途中にこんな看板を見つけました。

壱岐坂は御弓町へのぼる坂なり。彦坂壱岐守屋敷ありしゆへの名なりといふ。按に元和年中(1615〜1623)の本郷の図を見るに、此坂の右の方に小笠原壱岐守下屋敷ありて吉祥寺に隣れり。おそらくは此小笠原よりおこりし名なるべし。
当院名由来の坂です。江戸時代の古地図を見ると、「イキトノサカ」とあります。
私が故郷の岐阜県から大学生活を始めるために上京し、最初に暮らしたのが文京区本郷でした。結局一年足らずで引っ越ししたのですが、縁あって20年後の2007年、ここ文京区本郷に矯正専門医院を開業する事ができました。
文京区本郷に矯正歯科専門医院を開設して3年3ヶ月が過ぎました。地域の方はもちろんの事、関東近郊、その他の地区からも高い支持をいただいております。